牧師あいさつ

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「すべて、疲れた人、重荷を負っている人は、わたしのところに来なさい。わたしがあなたがたを休ませてあげます。」 ~マタイの福音書11章28節~

この聖書のことばを見て、教会の門をくぐった人はどんなに多いことでしょう。

人生の荒波の中、生きることの難しさと解決のない問題、心悩める世にあって、人は自分の道を迷っています。そして、疲れてしまっています。

迷っているとも、疲れているとも意識していないかもしてません。それとは気づかずに、社会の歯車になって、時代のスピードに押し流されて、心のすき間をどのように埋めたらよいか分からないで、ひたすら何かを求め続け、歩いてゆく、いや走ってゆく。複雑な社会、何を糸口に答えを見つけたらよいのだろうか?

こうすればよくなる。ああすればうまくゆく。人間のつくるものにはあきあきしている人々、それでも、繰り返し、心のすき間を埋めようと繰り返す。人間が背後で何かしていると分かっているのに。もうそんな形で心を満たすのはもううんざりしています。

教会とはなんですかとよく尋ねられます。そして、私が教会をといって、すぐ思い浮かべるのは、上記の聖書のみことばです。

イエス・キリストが人々に「わたしのところに来なさい」と呼びかけておられる。いや叫んでおられる。そのイエス・キリストのところに、人々がたどり着けるように、手助けをするのが、私の使命だと思っています。

哲学者アウグスチヌスの「告白」の一節が心に響きます。

 『あなたは私たちを、ご自身にむけてお造りになりました。ですから、私たちの心は、あなた(神)のうちに憩うまで、安らぎを得ることができないのです。』

私たち人間ではどうしても満たされない欲求があることを教えられます。それは人の心の奥底からの欲求、心の安らぎ、真の休息への願い。すべての人が例外なく心のどこかで、それを求めているのです。(現実には様々な形として現れているので、それは一様には見えませんが)。

そして、人が本当に疲れをとり、休むことができるのは神であるイエスの大きなふところにもどることなのです。神だけが本当の安らぎと休みを私たち人間の心にに与えることができるのです。イエス・キリストご自身に触れ、ご自身を知り、愛とあわれみに満ちたお方に出会い、私たちに思いをはるかに超えて大きく、深いご人格につつまれてはじめて、自分が満たされたいと願っていたものに気づくのです。

私たちはいつでもみなさんがおいで下さるのをお待ちしています。どうか気軽に教会においでください。イエス・キリストはあなたが戸をたたくのを待っています。

尾張旭福音自由教会 牧師 野口 恭一

pastor1 <牧師プロフィール>
のぐち きょういち
1966年東京都生まれ、埼玉県育ち。高校3年の時に主イエスを信じ、洗礼を受ける。
大学時代、幅広く心理学とカウンセリングを学び、その後システムエンジニアとしてコンピューター会社に勤務。27歳の時、神様からの召しを受けて東京基督神学校入学(現在東京キリスト教大学大学院)へ、卒業後牧師になる。埼玉県の草加福音自由教会にて青少年担当牧師、英会話コーディネーターを経て、現在尾張旭福音自由教会牧師。

ホームヘルパー2級取得、
介護福祉士取得中。

ライフワークとしてカウンセリング、家族・親子関係。
ご希望の方はカウンセリング致します。

趣味はギター、歌うこと、スキー

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